いつも音楽が鳴っていた

嫁に言わせると、自分の趣味は「音楽鑑賞と募金」 

募金はあまりしていませんが

 

 

今は自分の部屋のオーディオは未完成ですが、長年探してた機材も見つかり、

近々作り直し

 

今はもっぱら車のオーディオですが、

昔取ったなんとかで、世界レベルの音で聴けている

 

「ちょっくら行ってくる」

と、パトロールと称した音楽鑑賞へ車を走らせるのが日課

 

 

 

5まで住んでいた我が家は、とても狭い長屋でした

自分と母親は、3畳の部屋で一つの布団で寝ていました

 

多くはありませんが、そんな生活の同級生はちらほら居ました

そんな狭い家でしたが、3畳の部屋は親父のオーディオルームでした

 

結婚前に勤めていた電気店時代に買い揃えていた物らしい

オーディオを触らせてくれるでもなく、子供ながらに邪魔と感じながらも、少なからず親父の影響を受けているみたいです

 

二十歳の頃、近所に出来たレストランに「凄いスピーカーが置いてある」という噂を聞き、行ってみました

 

そのレストラン、飯はどうってこと無かったけど、オヤジとの話は有意義で、ちょいちょい足を運びました

店を作る時点で最初にスピーカーの位置を決め、床も壁も拘りの作り

 

 

その店のオヤジ、後に旧友の父親と分かりました

小学校の時に学校が変わって別れた友人の父親でした

 

 

〇っくんの家も貧乏でした

 

しかし狭い家の中に、コンクリートブロックの上にスピーカーが置いてあり、

プロレスごっこをしていると、そのブロックが目に入って本気を出せなかった記憶が今もあります

 

 

 

小2の4月、〇っくんの誕生日会に呼ばれました

 

前半はジュースが出てきて、中盤にはお菓子と手作りのアメリカンドックが出てきました

 

そしてクライマックス

 

お母さんが持つお皿の上には、火のついたろうそくが刺さった…

 

食パン…

 

 

 

現代風のハチミツトースト的な物ではなく、

 

バニラアイスが乗っているでもなく、

 

 

小細工無しの8枚切りの食パン一枚

 

 

そこに刺さった火のついたロウソク

 

ろうそくが刺さりやすいようににか、食パンはトーストされていました

 

我々は唄い、〇っくんは一息で火を消しました

 

 

 

 

 

 

そんな家にも、音楽は鳴っていた

 

 

 

 

終わり