本当に有った○○な話

 

あれは自分が19歳の頃

 

当時はまだ携帯が普及しておらず、ポケベルど真ん中の時代。電話ボックスもたくさん有り、今と全く違う時代です。

「ポケベルが鳴らなくて」なんてタイトルの歌が有りました。彼氏からの連絡を待ち続ける女心を歌った名曲ではありましたが、イッペイ少年(青年)は、「数年後には一人一台の移動電話(携帯)の時代になるのに、こんなタイトル付けたら後々聴かれなくなるぞ」なんて、ひねくれた事を言っていました。

 

 

当時から日本史が好きだった自分は、車の免許が取れた事もあり、日野に有る新選組の隊員の墓参りに行きました。

そこにはファンの方が置いて行った、メッセージを書くノートが缶に入れて有り、皆が想いを書き寄せてありました。

交流を目的とした書き込みなんかもあり、後々文通や、今で言うオフ会なんかに発展する切っ掛けになるものだったと思います。

 

無精な自分は、その中に名刺だけ放り投げて帰りました。

すると一か月後、手紙が届きました。

 

お墓で名刺見て手紙をくれた事が書かれていて、中学生で名前は「○○ 流」と書かれていました。

田中(仮)流か。歴史好きになりそうなかっこいい名前だな。

そんな事を思いながらも、電話番号が書かれていたのでお礼の電話を掛けました。

 

オヌマと言いますが、本日○○のお墓のノートを見て手紙を貰いました。ナガレさん居ますか?

お母さんは察した様子で、「ああ、はいはい」て感じで替わってくれました。

 ナガレ中学生は歴史に詳しく、自分が色々質問する形で長電話となりました。

 

学校で部活とかやってないの?サッカーとか野球とか? と質問すると、

「えっ… あ… ボク…  女です」

と、衝撃の一言。

 

ずっと僕と言っていたし、おとなしい男子かと思っていました。

 

そこは「そうなんだ…」と流し(ナガレだけに?)、有名な志士の、その子孫だけに伝わっている肖像画を持っているというので、後日コピーを送ってもらう約束をしました。

そのコピーが届いたので、お礼の電話を掛けました。

 

お母さんが出たので、流さん居ますか?と言うと、

「ナガレ?うちにはナガレなんて居ませんけど」

と、言われました。

 

え、あの中学生の女の子の… と、慌てる自分。

お母さんは「あ、翔子ですね。お待ちください」と、替わってくれました。

 

そして本人が出たわけですが…

 

 

なんなんだ!!

 

 

本名が翔子なのは分かった

 

そしてきっと、ナガレは辞めたんだろう

 

 

それも分かったよ

 

 

分からないのはお母さん

 

うちにナガレなんて居ませんけど…

 

 

いやいやいやいや、

 

居るから!!

 

いや、居たから!!!

 

 

 

あんた気持ちよく取り次いでくれたじゃん!!!

 

 

それを「居ませんけど…」って…

 

 

 

色々不思議な事が起きたけど、一番モヤモヤしたのはお母さんの一人芝居だよ

 

 

家族で引っ掛けやがって!!

 

 

 

 

 

良い思い出です