明治時代にブラジルへ渡った日本の柔道家「前田光世」よって伝えられた柔道が起源。
治安の悪く、他流試合の多かったブラジルで独自の発展を遂げたものがブラジリアン柔術です。
1925年。前田光世から柔術習ったカーロス・グレイシーが道場を設立し、グレイシー柔術が誕生。
医者から運動を止められていた程病弱だった末弟のエリオ・グレイシーは、カーロスの道場で見学をしながらも、「兄がコマ(前田)から学んでいた柔術は力の弱い私が使えるものではなかった」と、体格差、身体能力差をカバー出来る技術体型を作り上げる。その技術こそが現在のブラジリアン柔術の基本となっている。
後に多くの「何でもあり」の試合を行ったエリオ・グレイシーは、41歳の時に16歳下の元弟子と時間無制限で戦い、3時間48分TKO負け。この試合で引退している。
負けたものの、年齢、体格差をカバーした柔術を体現した試合と言える。
異種格闘技に重きを置いたエリオ派の柔術とは別に、競技として発展をし続けているブラジリアン柔術は、帯の白、体重、年齢で分けて試合を行っている。
打撃攻撃は禁止され、年齢やレベルに合わせたルール、試合時間で行われ、多くの人が試合を楽しめるよう整備されている