戦艦三笠に触発されて

  皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」

これはドラマ「坂の上の雲」でも有名な秋山真之が、必勝祈願であるZ旗を掲げる際に船員たちに発した言葉です。

 

 本日、RBのこども道場では、無人島である猿島へ遠足の予定でしたが、木枯らし一号によって船が運休となり三笠公園へと変更となりました。

いやあ~テンション上がります。三笠公園ならば自分も行けばよかった… そう思って残念で仕方ありません。はい、企画、引率共に藤井なので自分は行っておりません。坂の上の雲も見ていませんが…


 三笠公園といえば、戦艦大和よりも伝説の戦艦である「三笠」が見れて、触れて、乗れる公園です。

 戦艦三笠といえば、後に元帥、国民的英雄となる連合艦隊司令長官東郷平八郎が指揮を取り、世界の海戦史上類を見ない大勝利と言える「日本海海戦」において大勝利を飾った戦艦です。

明治37年、日本はロシアの侵略に抵抗するべく日露戦争へ突入します。「皇国(日本)の興廃」と表現するように、ロシアは戦力で言えば10倍と言われる大国でした。特にバルチック艦隊と言われるロシア海軍は世界最強と言われており、白人が支配しつつあった世界情勢において、有色人種である日本が勝つという事は誰も想像していませんでした。

実はこの時まで大した実績のない東郷ではなく、三笠には別の指揮官が乗るはずでした。しかし海軍大臣山本権兵衛は東郷を任命。その理由が「強運の持ち主」だったとも言われています。負けたら他のアジア諸国同様に植民地となってしまう戦況において、そのような英断を出来る明治の偉人たちの豪傑ぶりには驚かされます。

山本権兵衛の言った運の良さが発揮され、海は荒れに荒れました。そして世界最強の艦隊を撃破したのです。勝因はこの時用いたT字戦法が功を奏したと言われていますが、実は本当の勝因は日本ならではの別の理由もありました。日本の戦艦は4隻、バルチック艦隊は8隻でした。しかし実際に日本側で戦艦と言える働きが出来る船は三笠のみで、あとは巡洋船ばかりでした。そこで日本はロシアが大砲を1発撃つ間に3発撃てるようにと訓練し、人員を増員したのです。結果、日本の船は一隻も沈む事無くバルチック艦隊を全滅させました。

東郷が勝利を確信して艦内に戻る際、東郷の足元だけ渇いていたという強烈な話があります。日本の作戦によって1時間以内に勝利は決定されましたが、荒れ狂う海上での戦闘、大波や大砲が三笠に直撃している中、東郷は船の最も危険な前方部分にある艦橋から一歩も動かずに指揮を取り続けたのです。山本五十六館長ですら艦内にて指揮を取っていたというのに。

そして日本海軍は、沈めた船から海に落とされたロシア兵を助けながらバルチック艦隊と戦い続けて勝利したのです。以降、日本海軍は世界中から尊敬され、どの港に停泊しても歓迎されたそうです。

助けられたロシア兵は捕虜となるのですが、村人の厚意によって快適な捕虜生活が送れたことで「飢え死にしそうになったら日本へ一発弾を打ち降参しろ。そうすれば美味い飯にありつける」というロシアンジョークが現在もロシアには残っているそうです。

因みにワンピースに出て来る海軍の英雄ガープは、東郷平八郎がモデルとなっています。